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[ Interview ]
2022.01.20
日本空間デザイン賞2021 KUKAN OF THE YEAR 受賞者インタビュー「神水公衆浴場」
2021年日本空間デザイン賞の大賞受賞者2組に、受賞プロジェクトへの思いをQ&A形式にてお話を伺いました。
両者のお答えに共通して感じるのは、ご自身のデザイン作品であることの枠を超えた、プロジェクト自体への愛情や情熱に溢れていることです。そして、創造物の「これから」に大きな夢と希望を託されていること、それが伝わってきます。
2021年日本空間デザイン賞大賞受賞 作品名「神水公衆浴場」
お話をお伺いしたのは、クライアント兼構造設計を担当された 黒岩裕樹 氏(黒岩構造設計事ム所 代表取締役/写真左)と建築設計を担当された 西村浩氏(ワークヴィジョンズ 代表取締役 /写真右)です。
綺麗な地下水が豊富な熊本市の神水(くわみず)の地で、クライアントである黒岩家が、2016年4月の熊本大地震による災害の経験から、風呂を大きくして町のために解放して、自宅に併設して作り上げたという驚くべき成り立ちを持つ銭湯、それが「神水公衆浴場」。実際に2階にご家族が住まわれている。地震により自宅を新たに建てる必要性に迫られたとき、せっかく神水の地に新しく家を立てるならば、家族のためだけでなく地元のお役に立ちたい、との思いが始まりとのこと。
このプロジェクトのクライアントであり構造設計者である黒岩氏、そして建築設計者の西村氏の両者に同じ質問を投げてみました。それぞれの立場によるお答えで、視点が異なることが興味深いです。
この「自宅の風呂の解放」という設計案を思いついたときはどんな思いでしたか?
黒岩氏:無心でしたが、請け負っている構造設計と異なり、体力勝負の数カ月になる予感はしました。
西村氏:地域に開かれた「家のお風呂」で育つ子どもたちが、これからどんな成長を見せるのかがとても楽しみになりました。
共通: 思いついたのが2016年8月あたり。そこから仮構想を経て、2018年8月頃に設計着手、実際の工事期間は2019年10月から2020年7月でした。
熊本の地震が2016年4月ですから、その4ヶ月後には着想されていたということですね。それにしても銭湯とは。公衆浴場法に基づく営業許可は保健所の許可が必要で、その前に所在地から半径2kmにある全ての町内会から了承を得てくるようにと言われたとか。そのご苦労を日本空間デザイン賞の贈賞式でもお話しされていたのが印象的でした。
このプロジェクトでの難関は何でしたか? 営業許可の件でしょうか?
黒岩氏:総工費のコストダウン、そしてCLT組積アーチの建方です。
西村氏:総工費のコストダウン、そして施工者探しです。
コストダウンが最難関でしたか。やはりそうでしたか。そこはお二方の息がぴったりです。
一方で、プロジェクトでの一番の喜びは何でしたか?
黒岩氏:2019.12.28の夕方、土砂降りになり始めた中、建方が終わった後、例年にない仕事納めになった時です。
西村氏:厳しいコスト条件の下で施工者がなかなか決まらない中、オーナーの友人の皆さんが、現場代理人や施工者・職人として次々と集まってきて、工事が動き始めた時。
人の輪が広がってプロジェクトが進み始めること、その喜びには心にくるものがあります。本当に良かったです。
神水公衆浴場の、地域性を表すポイントを教えてください。
黒岩氏:地下水、そして神水に生まれて育った施主(KDA注:黒岩氏ご本人、ご家族のこと)です。
西村氏:施主も、施工に関わったメンバーの多くが、地元出身の友人同士だということ。
「人」が地域を表しているという揃ったお答えが、何ともこのプロジェクトのアットホームな素敵な一面を表していますね。
このプロジェクトで、貴方が本気で挫折しそうな時はありましたか?
黒岩氏:成功させることしか考えていなかったので苦難はありましたが、挫折はありませんでした。
西村氏:なんとかなる、なんとかするといつも考えているので、挫折しそうと思ったことはありません。
地元の人で繋がったプロジェクトの「地盤の強さ」を、お二人の、挫折はなかったというお答えの背景に感じます。構造設計者でありオーナーでもある黒岩氏にとって、地震への耐久性のみならず地域への貢献を建築として形にする課題があったことでしょう。それを、見事乗り越えたプロジェクトに感服します。
このプロジェクトを成したことで、貴方のこれまでの考えにはなかった、新しく見つけた価値観があれば教えてください。
黒岩氏:設計者が監理に留まらず、現場管理と大工に携わり、相手の痛みが分かったことです。
西村氏:小さな小さな最も私的な住宅が、最も大きな公共性を発揮する可能性を秘めているということです。
建築設計関係者の皆さんへ、玄人向けのマニアックアピールポイントがあれば教えてください。
黒岩氏:CLT組積アーチの嵌合接合です。
西村氏:ほぼ構造デザインという控えめな意匠設計者の生きざま。笑
このプロジェクトで使った資材/工具の中で、「これ、すっごくいいですよ!」と声を大にして皆さんにオススメしたいものがあれば教えてください。
黒岩氏:荷下ろし、建方用の布製スリングです。引っ越し、高所作業としても使えるし、子供の遊具(ターザン、ハンモック)としても使えます。
西村氏:何と言っても、銭湯浴室のテラゾーモノコックボディ。こんなに大きいテラゾー仕上げってできるんだ!って僕自身も思いました。笑
設計者として、「神水公衆浴場」に来場する方々にメッセージをお願いします。
黒岩氏:銭湯の雑貨を増やしたり、コロナ感染状況が落ち着きましたら公衆浴場組合と共同でイベント湯等も催す予定なので、ぜひお越しくださいますようお願い致します(※2021年12月に取材)
西村氏:近年、災害頻度が高まる傾向にある日本ですが、小さいけれども最も数多く存在する住宅という建築が、少しずつ公共性を持つことで、地域の暮らしの安心感はぐっと高まる気がします。オーナーさんのそんな想いで生まれた神水公衆浴場に是非お立ち寄りください。
神水公衆浴場 熊本市中央区神水2-2-18<MAP>
営業時間16:00〜20:00 火・木・金曜定休
料金:大人(中学生以上)350円、小学生100円、6才以下無料
(営業時間・休業日、料金については最新の情報をご確認ください)
神水公衆浴場Twitter (https://twitter.com/kuwamizu_sento/)
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日本空間デザイン賞委員長、JCD理事長 窪田茂
神水公衆浴場はそのデザインが素朴なのに美しいというのが第一印象であった。しかし聞けば聞くほどその発想や思想の素晴らしさがこの形をつくったのだと感じられる。熊本は地震の多い地域であり、震災復興の一環として個人が自邸のお風呂を公衆浴場として解放し、また同じような災害が起こった時には地域の浴場として役に立たせたいという。ここの施主は建築構造家でもあり、耐震性を考慮したたすき掛けのような梁を1Fの天井面全体に這わせ面剛性を上げているのだが、これが浴場内から外のエントランスまで露出したまま伸び、構造的美しさを醸しつつ、ちょっとおしゃれな印象になっている。開放感のあるエントランスには暖簾がかかり、いかにも銭湯らしい入口を感じさせる。しかし、ここが自邸のエントランスも兼ねているのだ。施主の子供たちは番台の横をすり抜けて2Fの自宅に帰っていく。何と不思議な光景か。いや昔の銭湯にはそういうところがあったかもしれない。そしてこの銭湯は施主家族の自宅のお風呂なのである。地元の人達との裸の付き合いは、きっと粘りのあるコミュニティに発展し、イベントなどの開催も計画しているようなので、地域の活性化にもつながるであろう。2Fの自邸部分には最近話題のCLT工法で屋根をアーチ状に組むことで柱が少なく天井の高い空間をつくり出しており、開放感のある空間に仕上がっている。
地域の事を考え、個人ができる事の可能性を大きく広げつつ、建築的にもデザイン的にも成立させ、街の活性化にも一役買う。この素晴らしいプロジェクトに敬意を表したい。
2021年日本空間デザイン賞の大賞受賞者は2組です。
もう一つの大賞受賞「未来コンビニ」のThe Winner Speaksはこちらから